大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)577号 判決 1955年1月18日
原告 杉原武市
被告 森下政一 外一名
主文
被告関原健二は原告に対し金参拾五万円及びこれに対する昭和二十八年二月二十一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払わねばならない。
原告の被告森下政一に対する請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告関原健二との間に生じた分は同被告の負担、原告と被告森下政一との間に生じた分は原告の負担とする。
本判決は被告関原健二に対し金拾万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は被告両名は原告に対し各自金三十五万円及びこれに対する昭和二十八年二月二十一日よりいづれも完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として被告森下政一は昭和二十七年十月二十三日訴外大阪市信用金庫から金三十五万円を弁済期同年十二月二十二日の約定で借用し右債務の履行を確保するために同日金額三十五万円、支払期日同年十二月二十二日、支払地振出地共に大阪市、支払場所大阪市信用金庫、受取人訴外大阪市信用金庫と定めた約束手形一通を振出し同金庫に差入れ被告関原健二は被告森下の右借入金につき連帯保証をし右保証債務の履行を確保するため同日金額三十五万円、支払期日同年十二月二十日、支払地振出地共に大阪市支払場所神戸銀行梅田支店、受取人大阪市信用金庫と定めた約束手形一通を振出し同金庫に差入れた。
原告は被告森下政一の右金員借用に際し訴外桂秀蔵の紹介により被告関原健二の手を経て自己所有の大東京火災海上保険株式会社記名株式(千株五十株券二十枚)を被告森下のために担保として貸主訴外大阪市信用金庫に提供した。
債権者訴外大阪市信用金庫が前記弁済期の到来に先立ち被告関原健二振出の前記約束手形を其の満期日である昭和二十七年十二月二十日右支払場所に呈示して支払を求めたが不渡となり弁済期到来するも債務者被告森下政一が自己振出の右手形を支払い右借入金債務を返済しないため右担保株式が処分せられる破目に立至つたので担保提供者である原告は翌二十三日債務者被告森下政一のために右債権者に対し右債務金三十五万円と代払し右株券の返還を受けると共に同金庫より訴外関原健二振出の前記約束手形一通の白地式裏書による譲渡を受け被告森下政一振出の前記約束手形一通の交付を受けた。
そこで原告は被告森下に対し民法第五百条、第五百一条に依り右債権者訴外信用金庫に代位して右手形金の支払を求めるも応じないので茲に被告両名に対し右手形金三十五万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年二月二十一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告森下政一の主張する抗弁事実を否認する。尤も原告が本件株式を担保に提供するに当り被告関原健二より対価として金二万三百円を受領したことは事実であるけれども右は物上保証に対する対価であつて原告は右対価を得て時価約五十万円の本件株式につき一切の処分権限を付与することを約諾してこれを同被告の手を経て被告森下に交付すべき理由がない。原告が物上保証人として被告森下の訴外大阪信用金庫に対する前記借金債務を弁済することにより被告森下は金三十五万円の支払債務を免れたものであるから原告は民法第七百二条に依り同被告に対し右債務額相当を求償することができることは勿論で同法第五百一条に依り右求償権の範囲内において右債権者の振出人被告森下に対し有した本件手形上の請求をする場合においては代位権者の右権利者たる資格につき裏書の形式的連続を必要とするものではないと附演した。<立証省略>
被告森下政一訴訟代理人は主文第二項同旨及び訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め答弁として原告主張の金員代借及び手形振出の各事実及び原告が其の主張の日時訴外大阪市信用金庫に対し右貸借金三十五万円を支払い同信用金庫から原告主張の担保株券と共に右手形の交付を受けたことはいづれも認めるけれども其の余の原告主張事実を争う、被告関原健二が原告より賃借した右株式を担保として訴外大阪市信用金庫から金三十五万円を借用するに当り被告が被告関原の依頼により借用名義人となつたところ被告関原において右借入金を返済できないために原告が被告関原を代理して右債務金を弁済したものである。即ち昭和二十七年十月被告は被告関原から本件株式担保で金三十五万円の貸与方申入を受けたが都合上訴外大阪市信用金庫を紹介したところ被告関原が同金庫の会員でないために貸付を受けることができないので被告関原に依頼せられて被告は被告関原のために訴外信用金庫から被告関原の提供する右株式を担保として金三十五万円を借受けることとし被告関原及び訴外信用金庫と合意の上(イ)訴外信用金庫は本件弁済期日の二日前の日を満期とする連帯保証人被告関原振出の手形を取立でること右手形不渡のときは右担保株式を処分して弁済に充当すること(ロ)訴外信用金庫は右株券に瑕疵があつて処分不能の場合若くは右株式を処分するも弁済に不足する場合の外は被告に対して右貸借債権を請求しない旨契約した次第である。
(一) 原告は被告関原に対し対価を支払つて本件株券を賃貸し右株式につき担保差入等一切の処分権限を同被告に付与したものであるから右株式の所有者と同一の地位を取得した被告関原が訴外信用金庫に対し右株式を自己所有のものとして担保に差入れたものであるから原告は第三者として右債務を弁済するにつき正当の利益を有するものではない。
(二) 仮りに原告が代位弁済権を有するとしても原告が債務者被告に対して取得すべき固有の求償権の範囲において債権者訴外信用金庫の被告に対して有した権利のみを代位行使することができるけれども債権利の右権利を超えて被告に請求できないことは勿論である。しかるに原告の右弁済により免責を得て利益を受けるものは連帯保証人被告関原独りであつて被告は毫も利益を受けないから原告は被告に対し求償を行うことができない。しかも債権者訴外信用金庫は被告との間における前記契約により先きに連帯保証人被告関原に対し右担保手形を取立て、取立不能のとき本件担保株式を換価処分して右債務の弁済に充当しなお不足あるときに限り不足額についてのみ被告に対し弁済を請求できるものであるから被告は訴外信用金庫より本件貸借債務及び其の担保である本件手形債権の履行請求を受けるも右契約を以て対抗し其の履行を拒絶できるものである以上債権者訴外信用金庫に代位して右手形金を請求する原告に対しても右契約を以て対抗し右手形金の支払を拒絶できることは明かである。
(三) 仮りにそうでないとしても原告は本件手形につき裏書の連続を欠く正当所持人でない。
以上何れにするも原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>
被告関原健二は原告の請求を棄却する旨の判決を求め原告主張の手形振出及び支払呈示の事実は認めるけれども被告は訴外大田実に対する工事請負代金百五十万円の見返り担保として同訴外人より訴外桂秀蔵の手を経て原告主張の株券を受領しこれを担保に提供して訴外大阪市信用金庫から被告森下政一名義で金三十五万円を借用したものであるから被告が訴外大田実から右請負代金全部の支払を受けるまでは原告に対し本件手形金を支払うべき義務がないと陳述した。<立証省略>
理由
被告森下政一が昭和二十七年十月二十三日訴外大阪市信用金庫より金三十五万円を弁済期同年十二月二十二と定めて借受け被告関原健二が右債務につき連帯保証を約し同日被告両名が右各債務の弁済を確保するため原告主張の約束手形各一通を振出して訴外信用金庫に差入れたこと原告株主名義にかかる大東京火災海上保険株式会社記名株式五十株券二十枚が訴外信用金庫に右債務の担保に差入れられたところ原告が右弁済期日の翌二十三日債権者訴外信用金庫に対し右債務金三十五万円を支払い同金庫から被告森下の振出にかかる本件約束手形一通の交付を受けたことは原告と被告森下との間においていづれも争がない。原告は被告関原の手を経て訴外信用金庫に対し被告森下の右債務を担保するために右株式を差入れたものであるから右弁済により民法第五百条、第五百一条により債権者訴外信用金庫に代位して被告森下に対し本件手形債権の履行を請求する旨主張するから按ずるに原告の立証によつては右株式の担保差入契約が原告と訴外信用金庫との間に成立したことを肯認することができない。原告が被告関原に対し本件株式を同被告の借入金担保に使用させる目的で貸渡したことは原告と被告森下との間に争のないところであつて本件各当事者間において成立に争がない甲第三号乃至第五号証、証人桂秀蔵、同美並竹次、同来田善夫の各証言及び原告本人並びに被告両名各本人尋問の結果を綜合すれば被告関原が同年十月返済期限二ケ月の約定で訴外大阪市信用金庫から金三十五万円の融通を受ける担保に使用するために右事情を告げて訴外桂秀蔵を介し原告より前記記名株券に原告の自署ある譲渡証書を添付して金二万三百円の対価を支払つてこれを借受け被告森下の斡旋により訴外信用金庫から金三十五万円を借受けようとしたが同金庫の会員でないため被告森下に委託し被告森下が同年十月二十三日訴外信用金庫との間に同被告が右株券を譲渡担保に差入前記消費貸借契約を締結すると共に債権者訴外信用金庫は先きに被告関原に対する前記担保手形を取立て、取立て不能の場合は必ず右担保株式を任意売却して弁済に充当し不足ある場合其の不足額についてのみ被告森下に対し本件担保手形に基いて履行を請求すべき旨契約し訴外信用金庫より弁済期日までの日歩を控除した借入金を受領して被告関原に手渡したところ同被告振出の右手形が不渡となつたので原告が右担保株式の株主として右弁済期の翌二十三日訴外信用金庫に対し被告関原のために右貸借金三十五万円を弁済したことを認定することができる。尤も前示甲第五号証及び証人美並竹次の証言に依り真正に成立したことが認められる乙第一号証並びに証人来田善夫の証言に依れば訴外信用金庫が原告より右弁済を受領するに当り第三者弁済については債務者の同意を求める業務の取扱上債務者被告森下の代理人による弁済として処理したことが窺われるけれども原告本人の供述に依れば訴外信用金庫が前記株式譲渡証書の印影を照合して原告を担保株式の株主と確認して右弁済を受領したものであることが明かであるから前記認定を妨げるものではない。
かように原告が株主である記名株券に譲渡証書を添付してこれを被告関原に貸渡し対価を受領して同被告をして自己の名義を以て右株式を担保に差入れ他より金員を借用する権限を与えるも、先きに認定したように同被告に右株主権を移転する趣旨ではなく従つて被告関原の委託により右借主被告森下が右株券を差入れ右債権者との間に譲渡担保を約するも右担保権設定当時において原告が右株主権を保有するものであることが明かである限り原告はいわゆる物上保証人に準ずる第三者として右債務を弁済するにつき正当の利益を有するものといわねばならない。従つて原告は右弁済により債務者被告森下に対し自己の権利として求め得る範囲において債権者訴外信用金庫に代位し同金庫が右貸借金債権の担保として被告森下に対して有した本件手形債権を行使できることは疑がない。しかしながら前段認定事実に従えば原告が被告関原が金員を信用するにつき其の担保として本件株式を提供したものであると共に被告関原の委託に基いて被告森下が訴外信用金庫と金三十五万円の本件消費貸借契約を締結し被告関原との内部関係において右借入金は同被告の所有に帰属し両者共同の右債務免脱を得るためには被告森下において何等出捐義務を負担するものでないことが自から明かであつて従つて第三者の右債務弁済による求償につき被告森下は負担部分を有しない連帯債務者の一人に準ずべき地位に在るものと認めるのを相当とする。従つて被告関原のために本件担保株式に提供した原告が本件債務全部を弁済し被告森下をして共同の免責を得しめるも同被告に対し求償できないことは民法第三百五十一条第四百六十四条の規定に徴するも明かである。果してそうであるならば原告が前記弁済により被告森下に対し固有の求償権を取得したことを前提とする原告の被告森下に対する本訴請求は他の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。
被告関原が原告主張の約束手形を振出し受取人訴外大阪市信用金庫に交付したこと原告が同信用金庫より右手形の交付を受けたことは原告と被告関原との間に争がない。成立に争がない甲第二号証及び証人来田善夫の証言に依れば原告が昭和二十七年十二月二十三日被告関原の連帯債務を代払したので同信用金庫が先きに取立委任のためにした白地式裏書したままで原告をして求償権を行はしめる目的で右手形を原告に譲渡したものであることが推認できる。被告関原は訴外大田に対する工事請負代金百五十万円の見送り担保として同訴外人より訴外桂秀蔵の手を経て本件株券の交付を受けたものであるから右請負代金の完済を受けるまで原告に対し本件手形金を支払うべき義務がないと抗弁するけれども右は被告が本件手形の所持人原告に対抗して右手形金の支払を拒み得る正当事由とすることができない。従つて被告関原は原告に対し本件手形金三十五万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明かである昭和二十八年二月二十一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あることが明かであるから原告の被告関原に対する本訴請求を正当として認容し民事訴訟法第八十九条第百九十六条第一項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 南新一)